/
24 mins read

Nannan?

台所に立ち

野菜を洗う
包丁で切る
じゃがいもを蒸す
油で揚げる
ほうれん草を茹でる

あらゆる動作の中に
わたしと野菜が関わりあう。そして感じる世界。

ふわりと浮かぶ
お料理と関係ないようなヒラメキに
ピンとくる
腑に落ちる
ただただするすると出逢っていく世界を満喫するように。


無性に
人参とひじきのきんぴらを食べたくなったり
あの人に会いに行こうとか
あれをやろう とか。
むくむくと だんだんはっきりしてくる方向。

それを、できる気がする
自信とかじゃなく
もちろんこんなもんと卑下することもなく
フツフツと やれちゃう感じ。

むしろ意志や意欲以上に
何か背中を押されるような、手繰り寄せているような感覚。


大人になるにつれて
「なんとなく」や「無性に」ということを後回しにして
頭と記憶と経験で今を見て
時代とともに与えられた価値観から芽生えた社会性を身に纏っていた自分
”これはいい” ”これはダメ” 
ジャッジや記憶、思考停止。
私らしくって何?
ずっと感じてる、なんとなく違和感。


今、自分で味わってみるというシンプルな行為。
あたりまえにやってきた一つ一つの行為を、
例えば料理から
問い直してみること。

諦めず決めつけず
いつも
今の世界と出逢い直していく。
さっきと同じ、日々の繰り返しでさえも
自分が関わろうとしただけでじわじわと初めての体験の連続。

弾むように。
心躍ることを優先してみること。


人間以外はひたすらに全てを与えてくれる。
そのことに気づいたら
不安なんてどっか遥か彼方に飛んでいっちゃって
無敵って感じがしてくる。

そしていつまでも止まらない
絶え間なく動いていて
これだというゴールはない
ゴールという安心じゃなくて
(ゴールが安心だと思ってた)
常に今 絶え間なく与え続けてくれているということ
差し出してくれているということを味わっていく。

しかも
ひとりひとりのあたりまえにできることをやりたいだけやっていいって。

相手と関わって響き合うその中で共に
淡々と味わって楽しんだらいい
という真実。愛。


すると人間の可動域の「たが」が外れる。

過信じゃなく迷惑じゃなく
個が立ってる状態
宇宙から一本の光が自分を貫いて光になっている、そんな感じ。

特別じゃなく等しくみんなが
目の前のリンゴや
スーパーのキャベツとの関わり方を意識する
すると
じわじわ いつの間にか知らないうちに
(つまり然るべき時間の流れの中で)
差し出してくれる世界になってくるなんて。

わたしが久美さんとの関わりの中で世界が差し出してくれたもの。風景。感覚。身近な家族との関係や日々の暮らしの在りよう。

それはいいとか悪いとか分け隔てのないもの
見えなくても
紛れもなく確かで
世界は、関わり合うひとつの餅のようだと。



台所に立ち人参を千切りしようとするとき
揚げ物をつくろうとするとき、自転車に乗って風に吹かれている瞬間。そんなふとした暮らしの中で関わってきてくれる

料理教室森田 の 森田久美さん。


________________________________________________

2022年発売された京都本「京都季節を楽しむ暮らしごと365日」。
ぜひぜひ伝えたくて、そこに森田久美さんの活動に触れる扉を書かせていただきました。
それもまたわたしの新しいチャレンジ。受け入れてくださって感謝です。
そして、300字では到底書ききれない世界の続きをこちらに書かせていただきたいと思います。

________________________________________________


「料理教室森田」

若い頃に全盲の茶懐石料理人を師として学び、今も料理を通して”イノチの在り方”を教える教室。
自然な流れの中で少人数制の料理教室として始まり、
瞬く間にファンが増えて予約が取れないと界隈でも有名でした。

最小限の調味料と道具だけで、自分の指先から全ての感覚を使って食材の声を聞くこと。
切る行為はスピードじゃなく、均一、方向性、完成形のイメージ。
料理という行為から宇宙や自然の法則を学び、決めつけずに一瞬一瞬の変化に寄り添い、湧き出る自分の感覚を味わうことで生きる可能性を開いていく。

繰り返し聞いて印象に残っているのは
「こんなもん」という決めつけや記憶で、目の前のものを見たり判断しようとしない。
常にまっさらな状態で、目の前のものと向き合い、関わろうとする。
諦めずにtryしてみる。
そこからの響きあい。

りんごと向き合う。子どもと向き合う。まっさらな気持ちで。

今までの常識にとらわれない、
言葉になる前の湧き上がる発動の賜物、自然と宇宙から受け取り気づいたことを
みんなにわかる言葉で、惜しみなく届けようとする久美さんの魂に、揺さぶられっぱなし。


今ココ、
ほんと、めちゃくちゃにオモシロイです。


お子さんが誕生されて数年の産休期間ののち、しばらくのリアルレッスンの後、
完全オンライン化に大きくシフトされた昨今。
香り、美しさ、話題、受動的体験、食事、、
リアルならではの教室の良さとは違う次元の教室が
世界中にむけて日々どんどんと進化し続けながらオンラインレッスンで繰り広げられています。

答えは無数にそれぞれひとりひとりの中にあること
だいじょうぶ。
その確かな大きな流れが、今各地の生徒さんのところまで飛んで、発光が広がっていっている感じ。

そしてすぐにまだまだ日々の喧騒に巻かれてしまうから(誰がわるいとかじゃなく)
定期的に巣に戻って
更なる進化を遂げる久美さんに触れてまた旅立っていく。。
なんの話?なんなん?

目に見えるものも、過去も情報もほんの一部。
身体の中の小宇宙と大宇宙の話。
目に見えないけれど確かに感じる感覚。
自我の及ばないところの可能性の話。

風の時代と呼ばれる時代に、巡り合ったこのご縁を楽しむ、ひとつのささやかでオモシロイヒントがぎゅっと詰まってると感じます。

どんな理由からでも
ピンときたらぜひご一緒に。

結構見落としちゃう不真面目生徒なわたしでさえも、
じわじわと後から、気がついたらパタパタと逆転していくような勢いで違う世界になってきてる。と気づく。

(すごい〜〜モリクミセンセ)


怠慢と慢心と傲慢はさよなら
魂が喜ぶことをしよう。
偽らない。魂の赴く方向へついていく。


人間大好きモリクミセンセのお話し、教科書とか学校でも扱って欲しい話満載。
みんなで揺れて生きたい。


そしてもう一つの名レッスン”お母さんclass”

メルフェンのお話で、隠れた意図の話を聞いて衝撃。
いつの間にかいろんなことの伏線に気づくようになっていた。。その変化、その自分に驚く、今。

ワンピースも、若者ではやってる音楽とかファッションとか、話題も、マイクラも、TICTOCもきっと。
そう思うと、子たちの関心に興味が湧いてくる。
ふむふむ、そこね✨とかなってくる。
きっとゲームも、体に悪そうだと思うお菓子も。

生きてるってオモシロイ。
心躍ることをひたすらに追いかけていいんだ。



葉が落ちて枝だけになった植物さえ美しい日々。

合掌。



講座を受けるときは休息の後お茶とお菓子を用意して心して受けてください。

新規募集は2022年終了。次回の予告は下記インスタグラムをcheckしてください


私は生徒であり、そして共に今を生きるひとり。
出会った頃からの歴史を振り返るよりももっと今が面白い。。
これからも面白がってく
その勇気を自分の魂から自由にすることができた2022年でした。この流れに感謝。
_____________
Instagram
https://www.instagram.com/0358morita/
@free_school_0358

コメントを残す

Your email address will not be published.

Latest from Blog

maka

ふとした時。makaさんの香りを手首にそっと付け、掌同士をやさしく擦り合わせます。掌同士がふわっと暖かくなったらその掌を蕾のように膨らませ、親指とひとさし指の隙間から香りを吸い込むように鼻を近づけて。

Current status of homeopathy in Japan

ホメオパシーについて、個人的経験談と身近な日本で感じることを記事に書かせていただきました。https://kurashino.org/2022/11/16/classical-homeopathy/

KYOTO -Life with joy of four seasons 365DAYS

2022年10月21日「京都 季節を楽しむ暮らしごと365日」が発売になりました。 関わる書籍が発売されることは毎年何度もあるしあわせな経験で、丸ごと関わるからこその醍醐味というか達成感があって本棚は

Classical Homeopathy

クラシカルホメオパシー 京都の菜食料理のお店で開催された「ホメオパシー基礎講座」に参加させてもらったのは子どもが誕生して間もない頃。2014年頃だったと思います。早くに出産を経験した親しい仲間からはた

pipiki_laboratory

pipiki_laboratoryからだの宇宙研究所 pipiki 所長の植田良太氏、初セッションに寄せて。 機が熟し不思議なほど「今だ」という感覚。 身体の宇宙研究所 pipikiのある、綾部『pi