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Hang out in nature

福井県鯖江。河和田という地域に誕生した、カワダホールという場所。
そこで月に一度開催されている”千種あそびの会”へ。


カワダホールのオーナーであり現在農業従事者である根本るみ子さんと初めてお会いした頃は料理人だと聴いていた。
それから約1年半。時折偶然お会いして交わす少しの言葉から、いつかゆっくりお話ししてみたいと思うようになっていた。

今、農家としてこの場を開く。
広大な敷地と大きな古民家を譲り受け、活かすというのは並大抵のことではないだろう事は、同じように里山に移り住み、畑や庭をもつ私にも容易に想像できる。実際に伺って、畑で小さく向こうに見える姿を遠くから眺めながら、ますます興味を持った。どうやってここまで立ち上げ、形にしてきたのか、そんなお話をお聞きしたいと思って、”千種あそびの会”に参加させていただく際に夜ご飯にお誘いさせていただいた。


お子さんが小さな頃から月に一度の”こども食堂を”続けられている。子どもは地域でみんなで育てる、そんな思いがあるるみ子さん。現在も場所を変えてこのカワダホールで開催を続けられていて、続々とカワダホールで増えている主要な活動のひとつだろうと思う。料理人のるみ子さんが料理を通して場を開く一つのカタチ。

毎回私の参加する”千種あそびの会”でも近隣の方々の参加やたくさんの手作りの季節の料理の差し入れもあったり、和やかで心地いい。

るみ子さんが山林を含め広大な敷地を受け継ぐには、農家になる必要があった。
料理人が農業従事者になる。それはどんな苦労や壁、理想と現実があっただろうかと想像する。

耕作放棄地となっていたその農地を改めて、一から開拓するにあたり、ご縁のあった方が偶然にも自然農法だったことから、自然農法を学ぶ場としても稼働していく。『その場にあるものを生かす』「他から別のものを持ってきて畑に入れることはしない。」比較的厳格な農法を師と仰ぐ先生と仲間と共にゆっくり作り上げられてきた。

並行して、果樹や畑の循環について学ぶ時間、アニミズム的オーガニックなハーブの畑の作り方を学ぶ時間。
この先生方は私も受けたことがあり知っている興味深い専門家ばかり。
どちらも、収穫を最優先というよりも植物を元気に育てることに重きを置いているような印象があり、何かいつも楽しそうで、その世界観が私も正直一番好きな世界。ただただひたすらに育てたい。(私のきもち)


自然な流れで育まれてきた、季節を一巡りしたカワダホールの農地は、草がたくさん生え、季節ごとの美しいハーブの花や野草、水やりをしなくても元気に実る茄子の姿があった。始まりの頃にも来ていたら、この美しい楽園を目にしてもっと感慨深かっただろうと思う。
自然農の実践グループの皆さんは、るみ子さんを筆頭に綿密なスケジュールを組みながら、たくさんの農作業をこなしている。かと思えば、休憩時間は土鍋や羽根釜で炊いたご飯でゆっくりおしゃべりしながらランチをする姿を何度も見ていて、ただひたすらに作業をするという効率至上主義ではなく、語り合うこともこの場での醍醐味なのだなと感じる。

その中で掬い上げられた一つ一つが形になっていく場。学びの実践場。

土間には季節ごとの収穫物。植物から蒸留したハーブウォーターで作ったミストなんかも展示販売されていたり、たくさんの本も並んでいる。

使わないエリアの草を無作為に刈らないこと。通り道としての筋をマメに草刈りして虫たちのコロニーを守ること。
今ある全てのものに必要があるだろうという考え方。

その中で、”千種あそびの会”では畑を歩いてスベリヒユを収穫してお昼ご飯に食べたり。植物学者のchika先生による、薬膳や染色や歴史的な流れや、今なお活躍する薬研を使う実践、薬膳茶やチャイを飲んだり。広い自然をベースに、みんなでのびのびと答えを求めすぎずに自由に遊ばせてもらっている。

山から伐採してきた木々で染めをしたり。蒸留をしたり。
染めをしながら違いを見比べる体験。蒸留をしながら、山のことを木こりの方に聴いたり山に思いを巡らせる時間。
チクチク手と針を動かしながら、蓄音機の音楽を身体で聴く。


30年前は漆器産業だけで栄えたというこの地域。その古民家の、梁の立派なこと、軒の長さ。室内の暗さ。自然光の柔らかさ。
効率的な正義より、楽しいこと、心踊ること。


車で数十分の距離から来られている参加者さん。京都から来るのは今は私だけだけど、初めて行った時は京都の芸大生さんが来られていて、20年ほど前に起こった水害のボランティア活動がきっかけで毎年行われる夏休みの活動が今も続いており、このエリアには京都から移り住んだ若者も続々いることを聞く。
湧水がラムネのような炭酸泉の沸くところへ参加者さんと歩いて行ったのは印象深い体験だった。本当にぴちぴちしていた。

美しい古民家の立ち並ぶこのエリアは、カワダホールへ向かって車を走らせていなければ出会えなかったような静かで穏やかで人の息遣いを感じる場所。植物たちがとても元気で、花も咲いていて、暮らすという言葉がとてもしっくりくる。
日本各地のローカルな桃源郷のひとつに感動する。


余談だけれど、初めて晩御飯をご一緒にとお誘いしたら、じゃあカワダホールで食べましょうと言ってくださったので、私もいくつかつくる準備をして行った。
”千種あそびの会”がお開きになった後、いったん、近くの温泉と、20分ほどで行ける鮮魚のラインナップが豊富なスーパーを教えてもらって買い物に行ってきた。
温泉と地元のスーパー。私はこの二つがあれば旅に出た喜びをもうほとんど満喫したと言ってもいい。

大満足で帰ったら、その日同時開催されていた自然農の活動メンバーの方を誘ってくださっていて、初対面で4名の晩餐となった。
インタビューを兼ねた席だったけれど、閃いて誘ってくださった気持ちもうれしいし、ふたりで話すよりも近隣から参加されている方々の声も聞くことができ、視野が広がって深まったような気がする。
なにより、予想していた以上にどこまでも揺るぎなく感じるものや大切にしていることが近くて、るみ子さんとのおしゃべりは全て自分自身との確認みたいな、同志との再会みたいな、心底心弾むとても充実した時間だった。
その会話をテレビのように目の前で見て聞いて参加して、面白がってくださったおふたりの存在があったからこそ、純度が極まったようにも思う。

4名全員が毎日お母さんで休みなく、夜ご飯を単身同士でさらりとご一緒できたことは大袈裟ではなく奇跡だと思う。
無理なのではなく優先順位が違うのだと思う。家族の時間を優先しようと思う気持ち。

あの日、モーゼのように道が繋がって開いた、そんな夜だった。
はじまりに行った、カカオセレモニーと呼ぶにはざっくばらんな私なりのカカオ茶席が起こしたミラクルだったのか、ノンアルコールとは思えぬ熱気。これから2時間半かけて帰路に着くというのに、もう22時を過ぎる、過ぎてもいい、そんな勢いだった。帰宅したのは夜中だったけれど心が冴え渡っていて、どうしてこんなに遠い地へ自分が向かってしまうのか、少しわかったような気がした。
こころの距離が近くて、旅気分。いいことばかり。(遅くまでお付き合いいただきましたみなさまありがとうございました。)


”千種あそびの会”については次回、次の盛夏の会にて
もう少し解像度を上げて細かな部分を綴ってみたいと思います。

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